寒さが身にしみる廊下を足早に自室へと急ぐ。新潟では止む気配もなく雪が降り続いていた。そんな中で関東へと帰ってくれば寒いことには変わりがないが、雪が降っていない分幾分か暖かく感じる。
「ただいま」
「あ……お、おかえりなさい!」
先にあがっていた越子がこちらへと振り向きぽやっとした笑みで迎えた。阿呆みたいにみえるよ、なんて思いながらもその笑顔に少しだけ身体がほぐれる。
しかし、越子の手が咄嗟に何かを背中へと隠すのを見た途端、上越の表情は訝しげなものへと変わった。
「ねぇ、今何か隠したでしょ」
「へっ!?わ、私は何も、隠してなんかないよ!」
越子の目が明後日の方向へきょろきょろと動き回るのを見て確信する。こういう反応をするときは、たいてい僕に知られたくないことを隠しているとき。ちらっと見えたのは、なにかプレゼントのような紙袋。そういえば日頃から東北さんになにかお礼をしたいだとかなんだとか言っていたような……。
「へぇ……もしかして、僕に嘘が通じるなんて思ってないよね?」
にこっと笑いながら越子へと詰め寄れば、ひぃ!なんて素っ頓狂な声を出して縮こまる。
「だ、だから!なんにもないって」
「ふぅん。それ以上しらばっくれるつもりなら……」
「……あ、そうだ!私お風呂入ってないんだった!行ってくるね!!」
越子の背中へと手を伸ばそうとすれば、無理矢理話を終わらせると同時にいつもの鈍くささからは想像できないようなスピードでお風呂場へと行ってしまった。もちろん椅子には何も残っていない。
だが、越子はまだまだ甘かった。自分が話を中断してしまえばこの話題は終わるだろう、なんてことがこの片割れに通用するわけがない。
上越はおもむろに壁の方へと向きを変える。そこには先ほど越子がお風呂に入るといって素早い早さで用意をおこなった箪笥がある。その中でも下着類が入った場所を上越は何のためらいもなく物色すれば、紙袋のようなものに手が触れた。
「見つけた」
唇がにやっと歪むのを感じながら勢いよくその袋を取り出した。
「……はぁ」
お風呂から上がり身体はぽかぽかとほぐれたが、その内心は緊張したまま。もうちょっとで終わりそうだからとつい夢中になってしまったのがいけなかったのかな……。
先ほどの自分の行動を後悔するも後の祭り。あの上越のことだ、絶対に自分が納得するまで質問攻めなんだろう。そう思うと戻りたくない気持ちでいっぱいだが、いつまでもここでうじうじしているわけにはいかない。
越子はそう覚悟を決めるとドアノブをそろりと回した。
部屋に戻れば越子が想像していたようにこちらに詰め寄ってくる影はない。それどころか自分の定位置の椅子に座って雑誌を読んでいる上越がいるだけ。
「あ、でたんだ。じゃー僕も入ろうかな」
「う、うん…」
先ほどの問答などなかったかのように振る舞う上越に越子は一瞬首を傾げるが、そのまますたすたと歩いていく上越を見てほっと胸を撫で下ろす。なんでかわからないが上越が興味を無くしてくれたことは好都合である。さきほど粘ったおかげでもう完成していたので、越子は何の疑問も持たずにふあ…とあくび一つしてベットへと潜り込んだ。
翌朝。
清々しいほどの快晴とは裏腹に越子はとても困惑していた。昨日隠したと思っていた場所を開けてみればそこはいつも通り、紙袋なんてものは入っていない。それに焦った越子は部屋の隅から隅まで探したけれども見つからず、上越が起きて来たのと会議が始まる時間ということでそのままここへ来たのである。会議も上の空で聞いていたため何度か東海道より注意を受け、皆もいつもとは違う様子にそれとなく声をかけてくれたが、どれにも曖昧に答えるだけで終わらせていた。
「ねぇ。朝からなんなの?」
「ひっ……!!」
突然の背後からの呼びかけに大げさにおどろきつつも振り向けば、そこには眉を寄せた上越。
「東海道からは小言いわれるわ山陽にはお前がなんかしたんだろ、とか言いきられるし!いい加減にしゃきっとしなよ」
「うぅ、ご、ごめんね…?」
「何?なんか悩み事でもあるの?それとも……探しもの?」
「な!なんで、そんなっ……!!」
「朝から部屋の中物色してたんだからそうだろうとは思ったよ。で、なに探してるの?」
いつも通りのやり取りのはずなのに、なぜだか上越の目線が冷たく感じる。しかし、そんなことよりも今は見つけることが先だと、その小さな違和感を頭の隅へと追いやる。本当は一番知られてほしくない相手だけれど、特徴だけなら……とおずおずと切り出した。
「えっと、紙袋なんだけど……中は軽くて、ふわふわしてるの。たぶん部屋に置いたと思ったんだけど……」
部屋のどこ、とまでは言わずに説明する。昨日は確か、下着の入った箪笥に急いでしまったはず。それなのに無いということは、自分の他に誰かが移動させたか。あれ、でも移動させることができる人なんて……。越子がふと感じた違和感に小首をかしげれば、上越はあたかも今思い出したというような表情で背後から何かを取り出した。
「あぁ!もしかしてこれかい?」
その右手には毛糸の糸くず。そしてそれは昨日自分が編んでいたマフラーと同じ毛糸。
「これマフラーだったんだけどさ、あんまりにも酷かったから捨てておいたよ。自分で使うにしてもデザイン悪すぎ。あ、まさか人にあげるわけじゃないよね?」
上越は今、なんていった…?
上越の顔を呆然と見上げながら立ちすくむ。人をおちょくったような態度はいつも通り、でもその勝ち誇ったような顔はいつまでも見ていられなかった。
だんだんとぼやけてくる視界に顔を俯かせる。髪が、頬に冷たく流れる一筋とともにさらりとこぼれた。
「そっか……ありがとう」
それしか言うことができずに踵を返すと一目散に駆けていった。
越子の後ろ姿を眺め達成感に浸る。それと同時に自己嫌悪にも似た気分に襲われ、胸の辺りの制服を空いている手でぎゅっと掴んだ。
別に僕は悪いことはしてないじゃないか。なのになんでこんなーー
「お前は何をしているんだ」
「いっ……!!ったいな、もう!何するんだよ!!」
頭に遠慮のない衝撃を受けて一瞬思考が停止する。相手は一人しか考えられないので頭を撫でながら振り返れば、そこには案の定表情の乏しい男。
「越子が泣いて出ていったぞ」
「……そんなこと、知ってるさ」
小さく舌打ちして東北から目をそらせば感じる視線が痛い。
「何、わざわざそんなこと言いにきたの?」
「……上越」
「あぁ、そういえば越子が君にマフラーをプレゼントしようとしてたみたいだけど残念だね。それは僕が……」
「上越!!」
東北の視線も、越子が東北にプレゼントをしようとしていたということも、何もかもがいらついてまくしたてれば、東北の珍しい大声に思わず口が閉じる。
「越子は、俺にお前が欲しいものは何か知っているかと聞いてきた」
「……え?」
「だから俺はあいつの欲しいものなど知らないが、お前の作ったものなら何でも喜ぶだろうと答えた」
「ちょっと、なに、いってるんだよ……?」
東北は何を言っているんだ?思考が全く追いつかない。頭がぐらぐらする。
「そしたらあいつは笑って……」
「だから!違うだろ!?あいつは、お前のために!!」
「それは本人から聞いたのか?」
そういわれれば答えはノー。だけど僕のためにあいつが何かするなんて……。
「日頃迷惑をかけているお礼、だそうだ」
「お礼……」
「いつも助けてもらっているからたまには、とも言っていた」
ほんとに、あいつは筋金入りの馬鹿だ。信じられない言葉が重なって東北の顔を呆然と見つめる。
「ほんと、馬鹿じゃないの。ぼくは、あいつのこといっつもからかって、酷いことして。今回だって……」
東北はいつも通りの表情だけれど、今の上越には自分が責められているように感じて目線が下がる。そして先ほどの糸くずをぎゅっと握りしめた。
「そこまで分かるなら、後はやることも分かっているよな?」
頭にポンとのせられた手に暖かさと優しさを感じて、上越はこくんと頷いた。
(「まさか人にあげるわけじゃないよね?」)
その一言が思いのほか心に突き刺さって、越子は自室のベットで身体を丸めた。
本当はもう業務に取りかからなければ行けない時間だけれども、そんな気分にも当然なれずに部屋に引きこもっている。
後で絶対北子ちゃんに怒られるんだろうなぁ、と思うと少し憂鬱だったが、今の心境ではそれすらも身体を動かす要因にはならなかった。
あのマフラーは上越へのお礼にと作ったもの。東北にも相談して色々と悩んだ結果、今年は寒くてしょうがないよ、とぼやいていたのをたまたま小耳にはさんだことで何を贈るかが決定した。
別に、裁縫の腕がとってもいいというわけじゃないことなんて分かっている。けれど、上越に見つからないようこっそりと一生懸命作ってきただけあって、ショックは大きかった。上越はいつも意地悪だけれど、本当に困ったところでは越子をちゃんと助けてくれる、やさしい片割れ。だから今回も文句は言いながらも受け取ってくれると信じていた、のにーー。
「自意識過剰、だったのかな……」
自分で言葉にするともっと悲しくなる。そんな思考から逃れるように、そのままかぶせた布団をぎゅっと引っ張り更に身体に引き寄せた。
すると廊下からなにか騒がしい音が聞こえる。その音はだんだん大きくなると扉が勢いよく開かれる音に変わった。
「越子!!」
ばんっという音とともに聞こえたのは今一番会いたくない人の声。
部屋に入って来た気配は越子のベットまで近づくと、スプリングが軋む音をたてながらベットの端へと腰掛ける。
「いい、いまからは独り言だから」
「…………」
こちらは無言。しかしそれは想定の範囲内なのか上越は一つ深呼吸すると口を開いた。
「あのマフラー、東北にあげるんだって思ってたんだよ。」
とつとつと語りだしたそれは、真剣な声色。
「僕に隠し事してるって分かって、しかもあんな分かりやすいところに隠すから、僕がわざと抜き取った」
「だから……、それで、僕じゃなくて東北だっていうのにもいらいらして、余計なこと口走ってた」
「ほんとーー」
ごめん
一番最後は本当に聞こえるか聞こえないかの音量だったけれど。
「!(上越くんが、謝った)」
その驚きで布団を掴む手が緩む。
「ごめん。東北から全部聞いた……。それに、マフラー、ほんとは捨ててなんてないよ」
二度の謝罪に、最後の言葉。そこで越子は布団をはね除けて飛び起きた。
両手をベットについて上半身を起こせば、首に巻き付く何か。
「ふ、ぅわあ……!!」
強引に巻き付けられたものから顔を出せば、目の前には照れて仏頂面した顔。
「ちょっと、切れてるけど…。はじめから隠さなきゃこんなことにはならなかったんだよ」
「だ、だって!こっそりプレゼントしたかったから!!」
そう言い返せば、嬉しいのか恥ずかしいのか不自然に歪んだ表情に思わず笑顔がこぼれる。
「ふふっ。上越くん照れてる」
「なっ……!!う、うるさいなーもう!そのマフラー僕のなんでしょ?なら独り占めしないでよ」
自分で巻いたくせに強引に入ってくる上越。照れ隠しだって分かっちゃうけど、今は黙っておいてあげようかな。
「ねぇ、このマフラーもらってあげるから、感謝しなよ」
「うん、ありがとう」
大切な人へ、感謝のきもち
ありがとうを